― 菅原隆太郎先生と宮沢賢治さんの出会い ―
1923'大正12年、稗貫郡 (ひえぬきぐん) 大迫 (おおはさま) 尋常高等小学校 [1] では、菅原隆太郎校長 (44歳) のもと、ダルトン・プラン [2] に副った教育の実践に当たり、小原國芳が幾度か大迫を訪れた。
また、同年、宮沢賢治も大迫尋常高等小学校を訪れ、ダルトン・プランを見学していることから、「羅須地人協会」と「玉川学園」の共通点が見えてくる。
[1] 現花巻市立大迫小学校、元稗貫郡大迫町立大迫小学校。
[2] ダルトン (ドルトン)・プラン
参照: https://ja.wikipedia.org/wiki/ドルトン・プラン
『菅原隆太郎氏と宮沢賢治 花ひらく学校教育』
浅沼利一郎著、2023年1月1日発行、税込700円
「早池峰と賢治の展示館」で購入できます。
https://goo.gl/maps/q8RM3EkLrpr7wrAG7
〒028-3203 岩手県花巻市大迫町大迫第3地割161
子ども達には、何事にも疑問を持ち、自ら考え判断出来るよう、育ってほしいと、花巻宇宙少年団は期待します。
その為に提供するプログラムは、アポロ13号のクルーやスタッフ、サポーターのように、想定外の事態にも臨機応変に対処できる感性を培うよう、ボーイスカウト (ベーデン・パウエル) の手法と、全人教育 (小原國芳) の理念とを倣ってきましたが、これまで思ってたことは、
○ 1923'大正12年、大迫小学校において ドルトン・プラン の実践が行なわれる、成城学園で数日間合宿して「全人教育」「自由教育」について小原國芳の指導を受けた ――
ことは知ってる
また、
○ 賢治さんの農学校時代の教え方や、羅須地人協会の進め方は、全人教育の学校演劇や塾教育と共通する点が有るな、と感じる
の、2点でした。
しかし今、この、これまでの漠とした思いに接点が見出され、すっきりしたところです。
よく見聞きし分り、考え、新たな真理の発見を求めて、実践してきたのが賢治さんです。
やたら賢治さんを神格化し、それを理解できる自分は優れているなどと、人の褌で相撲を取る俗物的な錯覚をおこさずに、よく見聞きしたことによって、賢治さんは賢治さんであったのだ、ということに子供たちには気付いてほしいものです。